2011年10月31日月曜日

 一年後のこの日、18 Carat Affairって?

 起床。ヨーグルト、ピザトーストにCoffee。洗濯物を取り込み準備。昨日の気分が若干残る。今日の服装が中々決まらない。なんとかギリギリで決めて仕事へ。ルミネ周辺駐車場はどこも満車っぽい。今日も最後尾の立て看板が出ている。

着。全く忙しくない。。某映画のイベントによる一年後の自分に送る手紙を考える。今の願望なんてわかりきっているので先を考えないとと思いつつも浮かぶのはこの瞬間のことばかりだ。そんでもって来年の事を想像しても漠然とし過ぎている。うーんとりあえず何を成し遂げるか列挙してみた。これを書くか。待てよ、これをまとめればよいのだ。んでまとめてみた。筆を使ってね。なかなか趣のある手紙になった。丁寧に封をし、ポストに投函。はたして来年のこの日、私はどうなっているのかしら。チーズケーキをもらう。スイーツハンターの舌が反応。うまま。

昨日そういえば某学校の同期がきていて「さすらいの女神たち」について話した。本作はフランス映画でありながらもアメリカ映画に近いものがあると考えている。そう思ったのもマチュー登場シーンのファーストカットから始まる夜のシーンにカサヴェテス的雰囲気を感じたからであろうか。感情の振れ幅に、躍動する身体もろもろがどことなくカサヴェテス的であり、同期が「カサヴェテス」と呟いた瞬間に私もつい興奮。しかしながらそのカサヴェテス映画もアメリカ映画とはまたちょっと違った感覚があると思うが、それは今回は割愛。本作の映画全体に漂うあの浮遊する感覚。震災後、ノマド、ノマドとどこそこで耳にし目にする機会があり、そのたびに変な違和感を感じずにはいられなかった。そのせいかノマドという言葉に嫌悪さえ感じるようになったけれども、この映画の身体感覚?は震災後よく目にしたノマドとは違うはずだ。マチューの最後の涙はアメリカでもフランスでも居場所をみつけられなかったからではなく、最も身近に居場所があったことに対する嬉しさと気付くことが出来なかった己の愚かさからくるものに違いない。どこにでも居場所を作るのはそれはそれでよい。しかしおよそ多くの人々にとって最小で最高の居場所は男と女(性別はなんでもよい)がいるときだろう。承認は求め続けるものでもなく、いつの間にか承認されるようになっているということ。うーんまだうまく言えない。。とまあ大変なのだが。

帰宅。軽く話し合い。K嬢の素晴らしい演出に感動。あまり食欲はないがとりあえず買い物へ。購入して家でゆっくり。The Caretakerの音楽が室内にしんみりと響き渡る。まあ今年いっぱい色々やってみよう。

18 Carat Affair「The Life Of Vice」

Anoraakに、最近のChromaticsにも似たSysth Pop感に、黒物の匂いがぷんぷんして吾輩には素晴らしくたまらない音楽。これだけのリリーススピードに変態さ漂う感じもええですわ。紫で統一されたJKTもいい。アメリカのカンザス在住?で1人で作曲か。Facebook上に使用楽器などもろもろ掲載。



「Gorgeous​/​Fantasy」



「Vintage Romance」



「60​/​40」



「N. Cruise Blvd」

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